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【二眼レフのはなし】前編・後編|田中政雄が記録した世界の二眼レフ史

田中政雄著『二眼レフのはなし』前編・後編は、朝日ソノラマの「現代カメラ新書」から1980年(昭和55年)と1981年(昭和56年)に刊行された二眼レフカメラの歴史をたどる専門書である。

タイトルだけを見ると二眼レフの使い方や撮影方法を解説した入門書にも思えるが、実際の内容は大きく異なる。19世紀に登場した初期の二眼レフからローライフレックスの誕生、戦前の国産二眼レフ、戦後のアメリカやドイツ、さらに東欧、ソ連、中国へと続く二眼レフの発展を追った歴史資料だ。

ローライフレックスやローライコードといった有名機だけでなく、現在では名前を目にする機会さえ少なくなったメーカーや機種まで取り上げられている点も見逃せない。

本記事では実物の『二眼レフのはなし』前編・後編をもとに、書籍の基本データ、収録内容、掲載されている二眼レフ、著者・田中政雄、そして刊行から40年以上を経た現在における資料的価値まで詳しく紹介する。

記事のポイント

  1. 現在でもクラシックカメラ研究に役立つ貴重な資料
  2. 『二眼レフのはなし』前編・後編を実物資料から紹介
  3. 19世紀から戦後まで続く世界の二眼レフ史を収録
  4. ローライをはじめ世界各国の二眼レフが多数登場

館長の購入記録
・購入日:2025/09/18
・購入場所:Yahoo!フリマ
・購入価格:¥2,800(2冊)

『二眼レフのはなし』とは

『二眼レフのはなし』は田中政雄が二眼レフカメラの歴史と発展をまとめた書籍である。

朝日ソノラマが刊行した「現代カメラ新書」の一冊で、前編はNo.68、後編はNo.73として出版された。

前編と後編は独立したテーマを扱ったものではなく『カメラタイムズ』に掲載された同名連載を前後編に分けて収録した一連の著作である。

前編では19世紀の初期二眼レフからローライフレックスの登場、戦前の海外・国産二眼レフへと歴史をたどり、後編では戦後のアメリカやドイツをはじめ、ヨーロッパ各国、東欧、ソ連、中国へと舞台を広げていく。

朝日ソノラマ「現代カメラ新書」から刊行

「現代カメラ新書」は朝日ソノラマが刊行したカメラ・写真関係の新書シリーズである。

撮影技法だけでなく、カメラの機構、写真表現、特定メーカーやカメラの歴史など幅広いテーマを扱っており『二眼レフのはなし』もその一冊として刊行された。

前編の表紙上部には「現代カメラ新書 No.68」、後編には「現代カメラ新書 No.73」と記されている。

前編・後編の基本データ

実物の奥付によれば、前編は1980年(昭和55年)4月30日、後編は1981年(昭和56年)6月5日に初版が発行されている。

項目前編後編
書名二眼レフのはなし(前編)二眼レフのはなし(後編)
著者田中政雄田中政雄
欧文表記Masao TanakaMasao Tanaka
出版社株式会社 朝日ソノラマ株式会社 朝日ソノラマ
シリーズ現代カメラ新書現代カメラ新書
シリーズ番号No.68No.73
初版発行日1980年4月30日1981年6月5日
和暦昭和55年4月30日昭和56年6月5日
発行人白井達男塩口喜乙
編集人記載なし白井達男
印刷フォト印刷株式会社フォト印刷株式会社
製本大和製本株式会社大和製本株式会社
発行所株式会社 朝日ソノラマ株式会社 朝日ソノラマ
出版コード0272-018068-00490272-018073-0049
著作権表記© Masao Tanaka 1980© Masao Tanaka 1981
定価670円(本体650円)670円(本体650円)

前後編で興味深い違いもある。

前編では白井達男が発行人として記載されているが、後編では白井達男が編集人となり、発行人は塩口喜乙へ変更されている。一方、印刷は両冊ともフォト印刷株式会社、製本は大和製本株式会社で共通する。

内容だけでなく、こうした出版情報を比較できるのも実物を二冊揃えて見る面白さである。

『カメラタイムズ』の連載全100回を収録

『二眼レフのはなし』の原点となったのは『カメラタイムズ』に掲載された連載記事である。

前編の巻末には昭和53年3月14日から『カメラタイムズ』紙で連載された「二眼レフのはなし」の50回までを収録した旨が記されている。

つまり連載は1978年(昭和53年)3月14日に始まり、前編には第1~50回が収録されたことになる。

後編の巻末には「二眼レフのはなし」第51~100回を収録したことが明記されている。

したがって前後編は、

前編=第1~50回
後編=第51~100回

という明確な関係にあり、合計100回に及ぶ連載を二冊にまとめた一組の二眼レフ史なのである。

著者・田中政雄とは

『二眼レフのはなし』の価値を考えるうえで欠かせないのが著者である田中政雄という人物だ。

田中政雄は1915年(大正4年)3月24日に東京で生まれた。戦後は渋谷、その後は荻窪でカメラ店を開業し、写真材料商として活動している。

単なるカメラ評論家ではなく、実際のカメラ流通や写真業界に長年携わってきた人物である。

カメラ業界の現場を知る人物

田中政雄は全日本写真材料商組合連合会カメラ部長、東京写真材料商業協同組合理事長などを歴任した。

さらに、その知識と経験を生かしてカメラJIS規格委員を務め、日本写真機光学機器検査協会が選定する「日本の歴史的カメラ」の初代審査委員にも参加している。

この経歴は『二眼レフのはなし』を読むうえで重要である。

田中政雄は後世の資料だけから過去のカメラを研究した人物ではなく、20世紀におけるカメラ産業の発展を実際に経験した世代なのである。

実物を知る人物だからこそ残せたカメラ史

田中政雄は古今東西のカメラについて数多くの記事や書籍を執筆した。

日本カメラ博物館では田中が実物を手にしてきた豊富な経験をもとに記した記事について、古いカメラを調査する際の信頼性が高い資料と評価している。

現在では情報が少なくなったメーカーや機種を数多く扱う『二眼レフのはなし』にとって、著者自身の経験は大きな意味を持っている。

100歳まで続いたカメラとの関わり

田中政雄は100歳となった2015年にも活動を続けていたが、同年4月13日に死去した。

その翌年の2016年には、日本カメラ博物館で特別展「100歳のカメラ業界人 田中政雄が選んだ古今東西カメラ100台」が開催されている。

長年カメラ業界に携わり、カメラ史を記録し続けた人物として、その功績が後世にも伝えられているのである。

前編は二眼レフの誕生から戦前までを追う

前編の目次は、

「海外二眼レフカメラ・その変遷の跡を探る 1872年より1940年まで」

から始まる。

現在では「二眼レフ=ローライフレックス」という印象も強いが、本書はローライから二眼レフ史を始めていない。

ローライフレックスが誕生する以前に存在したカメラまで遡り、二眼レフという形式がどのように形成されていったのかを追っている。

ローライ以前にも存在した二眼レフ

前編には「二眼レフのルーツ」「二眼レフのプロトタイプ」といった項目が設けられている。

カールトン、キネグラフ、シンプレックス・マガジン・カメラ、ロッス社の二眼レフなど、現在では一般的なカメラ史で目にする機会の少ない名称も登場する。

つまり本書はローライフレックスを突然生まれた画期的なカメラとして切り離すのではなく、それ以前から続いていた二眼式カメラの歴史の延長線上に位置付けているのである。

この部分だけでも、ローライ以降を中心に扱った一般的な二眼レフ解説とは異なる本書の特徴がよく表れている。

二眼レフの歴史を変えたローライフレックス

二眼レフ史の大きな転換点として登場するのがローライである。

前編では「第一号ローライフレックス」をはじめ、ローライフレックス4×4、ローライコード、ローライフレックス・スタンダードなど、初期ローライの変遷が取り上げられている。

ローライの登場後には「ローライに追従した二眼レフ」へと話が進み、その影響が他メーカーへ波及していった様子を追う構成となっている。

第一号ローライフレックスから始まる発展

1920年代末に登場したローライフレックスは、その後の二眼レフカメラへ極めて大きな影響を与えた。

撮影レンズとビューレンズを上下に配置した縦長のボディ、上からファインダーを覗く撮影スタイルなど、後世に「二眼レフらしい姿」として定着する形式を広めた存在である。

本書では一台のローライフレックスだけを取り上げるのではなく、モデルの変遷を追うことでローライ二眼レフが発展していく過程を紹介している。

ローライコードの歴史も前後編を通じて収録

ローライコードも本書における重要な存在である。

前編で初期のローライコードを扱い、後編になるとローライコードIIa型、III型、IV型、V型、Va型、Vb型などへと歴史が続いていく。

前編と後編を連続して読むことで、戦前から戦後へ続いたローライコードの発展を一つの流れとして理解できる。

ローライに追従した世界の二眼レフ

ローライの成功後、さまざまなメーカーが二眼レフ市場へ参入した。

前編ではこの流れを「ローライに追従した二眼レフ」として追っている。

イコフレックス、コンテッサレフレックス、パーフェクタ、スーパーフェクタをはじめ、多彩な二眼レフが登場する。

さらにアメリカの大型二眼レフなどにも触れられており、ローライ型だけでは捉えきれない二眼レフの多様性を見ることができる。

本書は名機だけを集めたカメラ図鑑ではない。

現在ではメーカー名や機種名さえ知られていないような二眼レフまで同じ歴史の中に組み込まれているところに大きな特徴がある。

戦前の国産二眼レフをたどる

前編後半では舞台が日本へ移る。

目次には、

「国産二眼レフカメラ・その変遷の跡を探る 1937年より1941年まで」

という項目が設けられている。

ここでは国産初期の二眼レフをはじめ、プリンスフレックスやミノルタフレックスなど、戦前に登場した日本製二眼レフが取り上げられる。

写真レンズとシャッターの国産化

注目したいのが「写真レンズとシャッターの国産化」という項目である。

カメラ本体だけを並べるのではなく、日本で二眼レフを製造するために必要だったレンズやシャッターといった周辺技術にも目を向けている。

さらに「国産カメラの公定価格」という項目もあり、当時の価格制度まで扱われている。

『二眼レフのはなし』が単なる機種図鑑ではなく、日本のカメラ産業史まで視野に入れた内容であることが分かる。

ミノルタフレックスをはじめとする国産二眼レフ

前編終盤ではミノルタフレックスについてまとまった記述がある。

ミノルタフレックスI型をはじめとするモデルが登場し、戦前の日本で本格的な二眼レフがどのように作られていったのかを追っている。

そのほかプリンスフレックス、さくらフレックス、タローフレックスなども掲載されている。

現在では実物を見ることさえ難しい戦前の国産二眼レフについて調べる際、本書が貴重な手掛かりとなる理由の一つである。

後編は戦後の世界の二眼レフを追う

後編になると時代は戦後へ移る。

ここで重要なのは、後編が戦後日本の二眼レフだけを扱った書籍ではないことだ。

目次を見るとアメリカ、西ドイツ、イタリア、イギリス、フランス、オーストリア、チェコスロバキア、東ドイツ、ポーランド、ソ連、中国など、非常に広い地域の二眼レフが登場する。

前編が二眼レフのルーツと戦前史を中心とするのに対し、後編は戦後に二眼レフが世界各地でどのように展開したのかを追う内容と見ることができる。

戦後アメリカの二眼レフ

後編序盤ではアメリカの二眼レフが詳しく扱われている。

コダック・レフレックスII型、アーゴフレックス、シロフレックス、グラフレックス22、アンスコ・オートマット、ボルシーCなど、多彩な機種が登場する。

ドイツのローライだけを見ていると二眼レフはヨーロッパ中心のカメラという印象を受けるが、本書を読むとアメリカでも独自の二眼レフが数多く作られていたことが分かる。

こうした各国のカメラを一つの歴史の中で比較できることが、本書の大きな魅力である。

戦後のローライフレックスとローライコード

後編でもローライは大きな位置を占めている。

戦後に生産を再開したローライフレックス・オートマットから各モデルの変遷を追い、ローライフレックスT、ローライマジックなどへ話が進んでいく。

ローライコードについてもIIa型、III型、IV型、V型、Va型、Vb型などが登場する。

前編でローライの誕生と戦前の発展を読み、後編で戦後の展開を読むことで、ローライ二眼レフの長い歴史を連続して理解できる。

ローライ専門書ではないにもかかわらず、ローライの歴史を知る資料として価値が高い理由がここにある。

戦後西ドイツの二眼レフ

戦後ドイツの二眼レフはローライだけではない。

後編にはイコフレックス各型をはじめ、さまざまな西ドイツ製二眼レフが登場する。

前編に掲載された戦前機と比較することで、第二次世界大戦という大きな断絶を挟みながら、ドイツの二眼レフがどのように再び発展していったのかを見ることができる。

ヨーロッパ各国へ広がった二眼レフ

後編の面白さは、ドイツとアメリカだけで終わらないところにある。

「その他の海外二眼レフ」ではイタリア、イギリス、フランス、オーストリアなどへ範囲が広がり、さらに東欧諸国へと話が続いていく。

二眼レフが特定メーカーの特殊なカメラではなく、世界各地で製造された一つの普遍的なカメラ形式となっていたことが分かる。

東ドイツ・ポーランドの二眼レフ

東ドイツの項目では、レフレクタI型、レフレクタII型、レフレクタII型改良型、ウェルタレフなどが登場する。

ポーランドの二眼レフとしてはスタートBが掲載されている。

戦後ドイツの分断はカメラ産業にも影響を与えた。本書では西ドイツだけでなく東側の二眼レフも同じ歴史の中で紹介されるため、戦後ヨーロッパのカメラ産業を考える資料としても興味深い。

ソ連の二眼レフ

後編終盤ではソ連の二眼レフも独立して扱われている。

目次にはルビテル2、ルビテル166、ネバなどの名称が確認できる。

ルビテルは西欧の高級二眼レフとは異なる立ち位置ながら、ソ連を代表する二眼レフの一つとして長く知られてきた存在である。

西欧やアメリカだけでなくソ連まで取り上げていることからも、『二眼レフのはなし』が世界規模で二眼レフの系譜を捉えようとした書籍であることが分かる。

中国の二眼レフ

後編の最後には中国の二眼レフも登場する。

目次には上海4、海鴎(シーガル)4、海鴎(シーガル)4A、珠江(パール・リバー)などが掲載されている。

二眼レフの歴史をローライフレックスや西欧メーカーだけで終わらせず、その形式がソ連や中国へ広がったところまで追っている点は、本書の大きな特徴だ。

前後編を通読することで、二眼レフというカメラ形式が国境や政治体制を越えて受け継がれていった歴史が浮かび上がってくる。

前編・後編から見えてくる二眼レフ約100年の歴史

『二眼レフのはなし』最大の魅力は個々のカメラを孤立した存在として紹介していないことにある。

19世紀に現れた初期の二眼レフから始まり、ローライによる形式の発展、各メーカーによる追随、戦前日本での国産化、そして戦後の欧米・東欧・ソ連・中国へと歴史がつながっていく。

この流れを前後編で追うことで、

なぜ二眼レフは現在知られているような形になったのか。

なぜ世界各地にローライを思わせる二眼レフが存在するのか。

という疑問への答えも見えてくる。

単に古いカメラを並べた本ではなく、二眼レフという工業製品がどのように誕生し、発展し、世界へ広がっていったのかを記録した書籍なのである。

『二眼レフのはなし』におけるローライの重要性

前編・後編を通じて特に存在感が大きいメーカーがローライである。

ローライフレックスの登場以降、その基本的な構成は世界各国の二眼レフへ大きな影響を与えた。

前編ではローライの成立と戦前の発展、後編では戦後のローライフレックス、ローライコード、ローライマジックなどが扱われている。

そして、その前後には他社の二眼レフが数多く配置されている。

ローライだけを単独で見るのではなく、ローライ以前のカメラとローライ以後の二眼レフを比較できるため、二眼レフ史においてローライが果たした役割をより立体的に理解できるのである。

『二眼レフのはなし』前編・後編の装丁

内容だけでなく、前編・後編の装丁にも注目したい。

両冊とも上部に赤を配し、中央にカメラの写真、下部にはドットパターンを用いた大胆なデザインで統一されている。

前編の表紙を飾るローライコード

前編の表紙ではローライコードが大きく扱われている。

19世紀の二眼レフからローライの登場、戦前の国産機までを扱う前編において、二眼レフ史を象徴する存在の一つとしてローライコードが表紙を飾っているのは興味深い。

後編には複数の二眼レフを配置

後編では一台だけでなく、複数のカメラを組み合わせた写真が使用されている。

前編と並べると赤、黒、青などを使用した配色や幾何学的なレイアウトに共通性があり、二冊で一組の書籍であることが視覚的にも伝わってくる。

背表紙にはそれぞれNo.68、No.73と記され、現代カメラ新書のシリーズ本であることも確認できる。

裏表紙と奥付から分かる出版情報

実物の前編・後編を比較すると、本文以外にも興味深い違いがある。

前編の奥付には、

0272-018068-0049

後編には、

0272-018073-0049

という出版コードが記されている。

中央部分の「018068」「018073」には、それぞれ現代カメラ新書No.68とNo.73に対応する数字が含まれている。

また、後編の裏表紙には、

ISBN 4-257-08073-6

も確認できる。

そのため前後編でまったく異なるコード体系が採用されているわけではなく、奥付には両冊とも同形式の出版コードが存在し、後編の裏表紙ではISBNも確認できるという違いである。

前後編とも定価670円

前編・後編とも裏表紙には、

定価670円(本体650円)

と記載されている。

前後編を合わせれば300ページを大きく超える二眼レフ史であり、当時の新書という形態でこれだけ専門的なテーマをまとめていたことにも時代を感じさせる。

『二眼レフのはなし』が現在でも貴重な理由

刊行から40年以上が経過しているにもかかわらず『二眼レフのはなし』には現在でも資料として利用する価値がある。

最大の理由は取り上げられているカメラの幅広さだ。

ローライフレックスのように現在でも豊富な資料が存在するカメラだけなら、現代の専門書やインターネットでも比較的容易に情報を得られる。

しかし本書にはメーカーそのものが消滅し、現在では情報を探すことさえ難しい機種も多数掲載されている。

有名機だけを集めた本ではない

二眼レフ関連の資料では、ローライ、ミノルタ、リコー、ヤシカなど著名なメーカーが中心になりやすい。

『二眼レフのはなし』はそれだけではない。

ローライ以前の初期二眼レフ、欧米各国の製品、東欧圏、ソ連、中国など、二眼レフという形式そのものを追っている。

この対象範囲の広さこそ本書の大きな資料的価値である。

日本カメラ博物館でも二眼レフ関連資料として紹介

本書は刊行後数十年を経ても二眼レフ研究の資料として扱われている。

2022年に日本カメラ博物館で開催された特別展「いまも変わらぬ魅力 二眼レフカメラ展」では、関連図書の一つとして『二眼レフのはなし』前編・後編が紹介された。

1980・1981年に刊行された本書が現在でも二眼レフの歴史を知るための資料として位置付けられていることが分かる。

『二眼レフのはなし』と『日本の二眼レフ』の違い

田中政雄の著書を探していると、もう一つ似たタイトルの『日本の二眼レフ』が見つかる。

こちらも朝日ソノラマの「現代カメラ新書」として刊行された田中政雄の著作だが、『二眼レフのはなし』とは別の書籍である。

CiNii Booksでは『日本の二眼レフ』前編が1983年7月刊、現代カメラ新書No.88として登録されている。

『二眼レフのはなし』が世界各地を含む二眼レフの歴史を広く扱っているのに対し『日本の二眼レフ』はタイトル通り日本の二眼レフを主題とする。

古書市場などで田中政雄の二眼レフ関連書籍を探す場合には、両者を混同しないよう注意したい。

40年以上経った現在でも読む価値はあるのか

結論からいえば二眼レフの歴史を深く調べたいのであれば、現在でも読む価値の高い書籍である。

むしろインターネットが普及した現在だからこそ、このような古い紙資料の重要性が分かる。

Web検索では著名なカメラについて大量の情報が見つかる一方、短期間しか製造されなかった機種や小規模メーカーについては、断片的な情報しか残っていない場合も珍しくない。

『二眼レフのはなし』では、そうしたカメラも一つの歴史の流れとして記録されている。

一方で、1980~1981年に刊行された書籍であることも忘れてはならない。

刊行後の研究によって製造年代、メーカー名、機種分類などに新たな事実が判明している可能性があるため、厳密な機種研究では現在の資料と照合しながら利用するのが望ましい。

古い資料だから価値がないのではなく、当時までに蓄積されていた二眼レフ研究を記録した歴史資料として読むことが重要なのである。

『二眼レフのはなし』はどんな人におすすめか

本書は二眼レフの撮影方法を一から説明する一般的な入門書ではない。

そのため、フィルムの入れ方や露出の決め方だけを知りたい人には専門的な内容となる。

一方、二眼レフというカメラそのものに興味がある人には非常に面白い。

ローライフレックスやローライコードの愛好者、国産二眼レフのコレクター、クラシックカメラ史を研究している人、珍しい海外製二眼レフについて調べたい人には特に価値の高い資料だ。

また、一台のカメラを単独で見るのではなく、その機種がどのような歴史の中から生まれたのかを知りたい人にも適している。

まとめ:『二眼レフのはなし』前編・後編を総括

田中政雄著『二眼レフのはなし』前編・後編は二眼レフという一つのカメラ形式を世界規模で追った貴重な歴史資料である。19世紀の黎明期からローライフレックスの登場、戦前の国産化、戦後の欧米、東欧、ソ連、中国へと続く流れを前後編でたどることで二眼レフが世界各地で発展してきた歴史が見えてくる。有名機だけでなく、現在では忘れられつつあるメーカーや機種まで記録されている点も本書ならではの魅力だ。刊行から40年以上を経た現在『二眼レフのはなし』そのものが二眼レフの歴史を後世へ伝える一つの貴重な資料になったといえるだろう。

  • 著者はカメラ業界で長年活躍した田中政雄
  • 朝日ソノラマ「現代カメラ新書」から刊行
  • 前編は1980年4月30日に初版発行
  • 後編は1981年6月5日に初版発行
  • 『カメラタイムズ』の連載第1~100回を前後編に収録
  • 19世紀から戦後までの二眼レフ史を扱う
  • ローライフレックスとローライコードを詳しく紹介
  • 欧米だけでなく東欧・ソ連・中国の二眼レフも収録
  • 現在では調査しにくいカメラを知る資料として価値がある
  • 世界の二眼レフ史を体系的にたどることのできる二冊
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