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【二眼レフカメラ全書】を徹底解説|昭和29年・研光社の貴重な専門誌

1954年(昭和29年)8月10日、研光社から刊行された『二眼レフカメラ全書』。

そのタイトルから単行本のようにも見えるが、正確には写真雑誌『フォトアート』の臨時増刊号として発行された専門誌である。

本誌が登場した1950年代前半は日本で二眼レフカメラが一大ブームとなった時代であった。ローライフレックスという世界的な名機の影響を受けながら、日本国内でも数多くのメーカーが二眼レフを開発し、現在では全貌を把握することさえ難しいほど多彩な機種が市場へ送り出されている。

『二眼レフカメラ全書』が興味深いのは、その時代を後世から振り返った資料ではないことである。

国産二眼レフが活発に生産されていた1954年という「その時代」に作られた専門誌であり、カメラの構造、操作方法、撮影技術、国産・外国製二眼レフ、作品、暗室作業、引伸機、メーカー情報までを一冊に収録している。

70年以上が経過した現在では二眼レフ黄金期の日本を知るための貴重な歴史資料となる。

館長の購入記録
・購入日:2026/01/14
・購入場所:Yahoo!オークション
・購入価格:¥1,230

DATA/データ

  • 発行元: 研光社
  • 誌名: 二眼レフカメラ全書
  • 出版形態: フォトアート臨時増刊号
  • 発行日: 1954年(昭和29年)8月10日
  • 巻号: 第6巻 第10号
  • 通巻: 第69号
  • 定価: 200円
  • 言語: 日本語
  • 分類: 写真専門誌・二眼レフカメラ資料

記事のポイント

  1. 1954年発行の『フォトアート』臨時増刊号
  2. 国産・外国製二眼レフを大量に収録
  3. 構造・操作・撮影・暗室作業まで幅広く解説
  4. 二眼レフ全盛期の市場を記録した同時代資料

昭和29年『二眼レフカメラ全書』研光社|1954年の二眼レフ大全

  • 単行本ではなく『フォトアート』の臨時増刊号
  • 1954年8月10日に発行
  • 定価200円はどのくらいだったのか
  • 前年の『ローライ型カメラ全書』からの流れ
  • 二眼レフ黄金期の真っただ中で作られた資料

単行本ではなく『フォトアート』の臨時増刊号

『二眼レフカメラ全書』というタイトルだけを見ると二眼レフについてまとめた単行本のように思える。

しかし、奥付には、

「フォトアート臨時増刊号 二眼レフカメラ全書」

と明記されている。

さらに、

  • 第六巻 第十号
  • 通巻六十九号

という雑誌としての巻号も付けられている。

したがって出版形態としては単行本ではなく、写真雑誌『フォトアート』の臨時増刊号である。

現在の感覚なら特定のテーマを一冊丸ごと掘り下げる「ムック」に近い存在と考えると分かりやすい。

1954年8月10日に発行

奥付から確認できる発行日は昭和29年8月10日である。

西暦では1954年となる。

表紙には大きく「二眼レフカメラ全書」、その上には「フォトアート 臨時増刊」と記されている。

オレンジ色を基調とした鮮烈な表紙には二眼レフのピントフードを大きく開いた状態が大胆に配置され、そのスクリーンには女性の姿が映し出されている。

二眼レフ特有の「上から覗き込む」という撮影体験を、そのまま誌面デザインへ落とし込んだ印象的な表紙だ。

定価200円はどのくらいだったのか

本誌の定価は200円である。

現在の感覚では安く感じるが、もちろん1954年の200円と現在の200円を単純に比較することはできない。

重要なのは前年に研光社から刊行された『ローライ型カメラ全書』も定価200円であった点である。

研光社は通常の写真雑誌とは別に、ひとつのカメラ分野を集中的に取り上げる大型特集号を刊行していたことが分かる。

前年の『ローライ型カメラ全書』からの流れ

研光社は1953年にも『フォトアート』臨時増刊として『ローライ型カメラ全書』を刊行している。

そして翌1954年に登場したのが、この『二眼レフカメラ全書』である。

ここで興味深いのがタイトルの変化だ。

1953年:ローライ型カメラ全書

1954年:二眼レフカメラ全書

前年は「ローライ型」という言葉を使用していたのに対し、翌年には現在でも一般的な「二眼レフカメラ」という名称がタイトルの中心になっている。

両誌が公式に「前編・続編」という関係だったと断定することはできないが、同じ研光社の『フォトアート』臨時増刊であり、刊行時期もわずか一年違いである。

二冊を並べて読むことで1950年代前半における二眼レフの発展や市場の変化を比較できる点は非常に興味深い。

二眼レフ黄金期の真っただ中で作られた資料

『二眼レフカメラ全書』が刊行された1954年前後は国産二眼レフ史の中でも特に重要な時期であった。

戦後日本のカメラメーカーは急速に成長し、1950年代前半になると非常に多くのメーカーが二眼レフ市場へ参入した。

高級機だけではなく普及価格帯の製品も登場し、二眼レフは一部の写真家だけが使用する特殊なカメラではなく一般の写真愛好家にも身近な存在となっていった。

そのため本誌は後世にまとめられた「クラシックカメラ図鑑」とは性格が異なる。

掲載されているカメラの多くが現役商品だった時代に編集された資料なのである。

『二眼レフカメラ全書』の内容と資料価値

  • メカニックダイジェストで二眼レフの構造を解説
  • 「オール国産二眼レフカメラ集」が圧巻
  • 外国製二眼レフも大量掲載
  • 二眼レフを機構別に分類
  • フィルム装填からケースの着脱まで解説
  • 撮影そのものを学ぶ「図解 撮影の一般知識」
  • 二眼レフ作品集に見る写真表現
  • 暗室講座まで収録する徹底ぶり
  • 引伸機コレクションも掲載
  • 巻末のメーカー便覧は資料価値が高い
  • 裏表紙はコニフレックスの広告
  • 1953年版と1954年版を比較する面白さ
  • 現代では二眼レフ研究の一次資料となる

メカニックダイジェストで二眼レフの構造を解説

目次の最初で注目したいのが「メカニックダイジェスト」である。

ここでは、

  • 二眼レフカメラのシャッターについて
  • ピント調節機構の研究
  • 二眼レフの巻取機構の進歩
  • レンズの構成と解像力

などが取り上げられている。

単なる「使い方」だけではなく、二眼レフという機械がどのような仕組みで成立しているのかまで踏み込んでいる。

現代のクラシックカメラ研究という視点から見れば、当時の技術者や写真家が二眼レフの機構をどのように評価していたのかを知ることのできる貴重な記事群である。

「オール国産二眼レフカメラ集」が圧巻

本誌最大の見どころのひとつが、

「グラビア・オール国産二眼レフカメラ集」

である。

目次を見るだけでも当時の国産二眼レフ市場がいかに巨大だったのかが分かる。

掲載機種には、

マミヤフレックス、ミノルタフレックス、ミノルタコード、プリモフレックス、リコーフレックス、アイレスフレックス、ビューティフレックス、ゼノビアフレックス、ワゴーフレックス、マルカフレックス、ホビーフレックス、ローヤルフレックス、フジカフレックスなど、実に多彩な名称が並んでいる。

現在でもよく知られているブランドがある一方、メーカーそのものが姿を消し、カメラの詳細さえ調査が難しくなっているものも少なくない。

その意味で、この「オール国産二眼レフカメラ集」は単なる商品紹介ではない。

1954年当時の国産二眼レフ市場を切り取ったタイムカプセルなのである。

外国製二眼レフも大量掲載

本誌は国産機だけを扱った資料ではない。

「グラビア・オール外国二眼レフカメラ集」も設けられている。

その中心となるのは、やはりローライである。

ローライフレックス2.8系、ローライフレックスの各モデル、ローライコードなど、当時の二眼レフを代表するカメラが紹介されている。

さらに海外メーカーによるさまざまな二眼レフも収録されており、国産機と外国機を同じ時代の視点から比較できる。

国産二眼レフの多くがローライの構造やデザインから影響を受けて発展したことを考えると、両者が同じ一冊に収められていることには大きな意味がある。

二眼レフを機構別に分類

「オフセット一色・各部機構と機能」では二眼レフを構造や機能によって分類している。

目次には、

前玉回転式

前板繰出式

赤窓番号式

自動巻止式

セミオートマット式

オートマット式

といった分類が見られる。

現在では機種名からカメラを分類することが多いが、本誌では「どのような仕組みでピントを合わせるのか」「どのようにフィルムを送るのか」という機械的な違いにも注目している。

二眼レフの進化を理解するうえで非常に興味深い構成である。

フィルム装填からケースの着脱まで解説

「オフセット二色・機能とその扱い方」では実際の操作方法が体系的に紹介されている。

目次では、

  1. フィルムの装填
  2. 撮影姿勢とシャッター速度
  3. 画面サイズと構図
  4. 焦点の合わせ方
  5. パララックスの修正
  6. フィルムの送り
  7. フィルムの取出し
  8. ケースの着脱

という順序で構成されている。

興味深いのは特定の一機種だけを説明する取扱説明書ではない点だ。

方式の異なる複数の二眼レフを取り上げながら、二眼レフ全般の扱い方を理解できるよう構成されている。

1954年当時、初めて二眼レフを購入した写真愛好家にとっては、まさに総合的な入門書だったはずである。

パララックス補正も重要なテーマ

二眼レフでは撮影レンズとファインダー用レンズが上下に分かれているため、特に近距離撮影ではファインダーで見た範囲と実際に写る範囲にズレが生じる。

これがパララックスである。

現在なら二眼レフの特徴として簡単に説明されることが多いが、本誌では独立した項目として「パララックスの修正」が設けられている。

当時の二眼レフ利用者にとって、構図を正確に決めるための重要な実践知識だったことが分かる。

撮影そのものを学ぶ「図解 撮影の一般知識」

さらに本誌はカメラの操作だけでは終わらない。

「グラビア・図解 撮影の一般知識」では、

  • 絞りとシャッター速度
  • 絞りと被写界深度
  • フィルムとフィルター
  • 動体とシャッター速度
  • 光線と露出
  • 採光の実技
  • シンクロ撮影
  • カラー撮影
  • 接写と複写
  • パノラマ・ステレオ撮影

などを扱っている。

つまり『二眼レフカメラ全書』は「二眼レフのカタログ」でも「二眼レフの取扱説明書」でもない。

二眼レフを使って写真を撮るための総合教科書として編集されていたのである。

二眼レフ作品集に見る写真表現

目次には「二眼レフ作品集」も収録されている。

秋山庄太郎、稲村隆正、芳賀日出男など、戦後日本の写真界で知られる写真家の名前も確認できる。

これは非常に重要な部分である。

カメラ雑誌というと機材の性能ばかりに注目しがちだが、本来カメラは写真を生み出すための道具である。

本誌では「どんな二眼レフがあるのか」「どのように操作するのか」を説明したうえで、最後には「二眼レフからどのような写真が生まれるのか」を作品によって示している。

機械と写真表現の双方を扱うところに、当時の写真専門誌らしい思想が感じられる。

暗室講座まで収録する徹底ぶり

撮影したところで本誌は終わらない。

「暗室講座」まで用意されている。

フィルムカメラの時代、撮影は写真制作の前半にすぎない。

フィルムを現像し、印画紙へ焼き付け、最終的なプリントへ仕上げるところまでが写真制作だった。

そのため、二眼レフを扱うための専門誌でありながら暗室技術まで収録されているのである。

現在読み返すと1950年代の写真趣味が「カメラを所有すること」だけではなく、撮影からプリントまでを含めた総合的な趣味だったことがよく分かる。

引伸機コレクションも掲載

さらに「グラビア・引伸機コレクション」まで設けられている。

ラッキー、フジ、ミノルタなど、当時の暗室作業を支えた引伸機が紹介されている。

カメラ本体だけでなく、その周辺に存在した写真用品まで記録されている点も資料として重要である。

1950年代の写真趣味を再現しようとすれば、カメラだけを見ていては全体像を理解できない。

フィルム、フィルター、フラッシュ、引伸機、現像用品などを含めた巨大な写真用品市場が存在していたのである。

巻末のメーカー便覧は資料価値が高い

個人的に本誌でも特に興味深いのが巻末に掲載された、

「国産二眼レフカメラ及附属品メーカー便覧」

である。

ここにはメーカーや写真用品関連企業の社名と所在地が一覧で掲載されている。

小西六写真工業、マミヤ光機、興和光器製作所といった比較的知られた企業だけでなく、現在では情報を探すことが難しい会社まで大量に掲載されている。

1950年代には数多くの中小メーカーや部品メーカー、商社がカメラ産業へ参入していた。

しかし、その後の市場競争や業界再編によって姿を消した会社も多い。

そうした企業を調査するとき、後世に書かれた資料ではなく、1954年当時に記録された会社名と所在地を確認できることには大きな価値がある。

裏表紙はコニフレックスの広告

裏表紙を飾るのは小西六写真工業のコニフレックスである。

大きく、

「二眼レフの最高峯 コニフレックス」

と掲げられている。

広告にはカメラ本体だけでなく、ヘキサノンレンズの構成図や製造工程の写真まで掲載されている。

レンズはヘキサノンF3.5・85mm、シャッターにはセイコーシャラピッドを採用するなど、高級二眼レフとしての性能を前面に押し出した広告となっている。

「最高峯」というコピーからも、小西六がコニフレックスを国産二眼レフの最高級クラスとして位置付けていたことがうかがえる。

現在では雑誌広告そのものが当時のメーカーが自社製品をどのように売ろうとしていたのかを知る一次資料である。

1953年版と1954年版を比較する面白さ

1953年の『ローライ型カメラ全書』と1954年の『二眼レフカメラ全書』を並べると、この時代の二眼レフ文化をより立体的に見ることができる。

わずか一年の違いだが、この時代の日本のカメラ産業は非常に速い速度で動いていた。

新しいメーカーが参入し、新機種が発売され、フィルム送りやピント調節などの機構も改良されていった。

一方、1954年にはライカM3が登場し、日本でも35mmカメラや一眼レフが急速に発展していく。

つまり『二眼レフカメラ全書』が登場した1954年は国産二眼レフが成熟しながら、同時に次のカメラ時代が迫っていた時期でもあった。

その絶妙なタイミングで刊行されたことが本誌をさらに興味深いものにしている。

現代では二眼レフ研究の一次資料となる

刊行当時の『二眼レフカメラ全書』は、これから二眼レフを購入する人、使い方を学びたい人、写真技術を身につけたい人のための実用誌だったはずである。

しかし70年以上を経た現在、その役割は大きく変化した。

現在では、

  • 当時存在した二眼レフの確認
  • 国産メーカーの調査
  • カメラの仕様確認
  • 当時の販売・広告表現の研究
  • 撮影技術や写真文化の調査
  • 1950年代の写真用品市場の研究

などに利用できる歴史資料となっている。

特に現在ではほとんど資料の残っていないマイナーな国産二眼レフを調査する場合、こうした「その時代に刊行された資料」の存在は極めて重要である。

『二眼レフカメラ全書』は単なる古雑誌ではない。

日本の二眼レフ黄金時代をリアルタイムで記録した、1954年の二眼レフ・データベースともいえる一冊なのである。

まとめ:二眼レフカメラ全書|フォトアート臨時増刊号

刊行当時は二眼レフ愛好家のための実用的な専門誌だったが、現在ではその意味が変わった。1950年代にどのような二眼レフが存在し、どのような企業が製造や販売に関わり、写真愛好家がどのような知識を必要としていたのか。それらを同時代の誌面から読み取ることのできる歴史資料となったのである。『ローライ型カメラ全書』とともに、日本における二眼レフ黄金期を知るうえで保存しておきたい一冊。

  • 1954年(昭和29年)8月10日発行
  • 発行元は研光社
  • 『フォトアート』臨時増刊号である
  • 第6巻第10号・通巻69号
  • 当時の定価は200円
  • 国産二眼レフを大量に掲載
  • 外国製二眼レフも幅広く収録
  • 構造から撮影技術まで詳しく解説
  • 暗室・引伸機・メーカー便覧も掲載
  • 二眼レフ黄金期を伝える重要な同時代資料
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